無くした物

40代のサラリーマン(風の男)が電車に乗ってきた。手にはごく普通の鞄を提げていた。彼は
 足元にその鞄を置いて立っている。
二つほど駅を過ぎると電車の中も混んできた。まだ本を読むくらいの余裕はある。ふと彼を見ると、相変わらず
 足元に鞄を置いて立っている。
さらに二つほど駅を過ぎた。すでに車内は本を読む事が出来ないくらいに混んでいる。彼はというと、やはり
 足元に鞄を置いて立っている。
ずっと彼を観察していると、電車が駅に着いて人が乗り降りする時は鞄を持ち、扉が閉まると足元に鞄を置いているようだ。

彼は何を思って足元に鞄を置いているのだろうか。どう見ても書類の詰まった重い鞄には見えないのだが。

確かに、手に何も持っていないほうが「楽」であろう。しかし、何度も屈む行為を行ってまで得る価値のある「楽」だろうか?さらに、混雑した車内で屈む事によって周りの人が迷惑している事には気がつかないのだろうか?

電車の中で見た彼は、大切な「何か」を無くしているように思えてならない。